大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)61号
原告
南光志
被告
堺労働基準監督署長小松幸雄
右指定代理人
西村省三
(ほか四名)
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五〇年九月一日付でなした原告に対する休業補償給付を支給しないとの処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四二年四月一日、訴外大和ハウス工業株式会社(以下「訴外会社」という)に入社し、昭和四七年六月当時、大阪府堺市大浜西町七番地所在の訴外会社堺工場において、検査課員として勤務していたものである。
2 原告は、昭和四七年六月五日午後二時頃、右堺工場内の非破壊検査中の現場において、多量の放射線(コバルト六〇のガンマ線を五〇〇ないし六〇〇レントゲン位)を破ばくし、右被ばくにより白血球減少症等を発症し、その治療を続けていたが、昭和四九年一〇月一一日から昭和五〇年八月三一日まで、右疾病のため、訴外会社に勤務しなかった。
3 原告は、その後被告に対し、右休業期間中の休業補償給付の請求をしたが、被告は、昭和五〇年九月一日、原告に対し、昭和四九年一〇月一一日から昭和五〇年八月三一日までの休業は業務上のものではないとして、右期間中の休業補償給付を支給しないとの処分(以下「本件処分」ともいう)をした。
そこで、原告は、昭和五〇年九月九日、大阪労働者災害補償保険審査官に対し、右処分につき審査請求をしたが、同審査官は、昭和五二年八月三〇日、右審査請求を棄却するとの決定をした。
更に原告は、昭和五二年一一月、労働保険審査会に対し、右決定につき再審査請求をしたが、同審査会は、昭和五五年二月二九日付をもって、右再審査請求を棄却するとの裁決をした。
4 しかしながら、本件処分は、次の理由により違法である。すなわち、
本件処分の不支給の理由としては、原告がなした審査請求に対する大阪労働者災害補償保険審査官の決定中の被告の主張で明らかなとおり、原告が被ばくした線量は少量であり、これによる一時的な白血球減少症等の疾病が発生したとしても、大阪大学医学部附属病院(以下「阪大病院」という)における適切な診療により回復したものと考えられ、したがって業務上疾病としての療養が必要であった期間は、昭和四七年一二月二一日までであり、本件にかかる休業補償給付は労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づく保険給付の対象にならない、というのである。
しかしながら、原告は、前記昭和四七年六月五日、コバルト六〇を、五〇〇ないし六〇〇レントゲン(ラド)位被ばくし、これにより造血組織である骨髄細胞の約七八パーセントが破壊されるなどして、白血球減少症が発症したのである。そして、以後種々の病院で治療を続けていたが、昭和四九年一〇月頃に至るも右症状の回復をみなかったので、同月一一日、鹿児島県立薩南病院(以下「薩南病院」という)で診察を受けたところ、なおも白血球減少症と診断されたため、以後昭和五〇年八月三一日まで、訴外会社を欠勤して、同病院等で治療を受けながら、療養していたのである。
したがって、右疾病は、訴外会社工場内での原告の就労中の放射線被ばく事故により発生したもので、業務に起因して発症したものというべきであり、かつ、昭和五〇年八月三一日当時も右疾病は回復していなかったのであるから、被告は原告に対し、原告が右疾病により休業した右期間中の休業補償給付を支給すべきである。
よって、被告がなした本件処分は違法である。
5 よって、原告は、被告のなした原告に対する右休業補償給付を支給しないとの処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告が、昭和四七年六月五日午後二時頃、訴外会社堺工場内の非破壊検査中の現場において、放射線を被ばくしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4、5は、被告が本件処分をした理由の点を除き争う。
三 被告の主張
本件処分が違法であるとの原告の主張は、次のとおり理由がない。
1 本件処分に至るまでの経緯
(一) 原告は、訴外会社堺工場で検査課員として勤務していたものであるが、昭和四七年六月五日午後二時頃、同工場内でトラスト鋼材の寸法を測定中、鋼材の溶接部分を点検するための非破壊検査用の放射線に被ばくした(以下「本件災害という)。
(二) 原告は、たまたま非破壊検査が実施されていることを知らずにその場にいたものであり、当日夕方になって、右検査のための放射線に被ばくしたことを知ったものであるが、被ばく後、吐気、尿の赤変、倦怠感、頭重感等を訴えて、昭和四七年六月九日から同四九年一〇月頃までの間に、堺市立堺病院(以下「堺病院」という)、熊野クリニック、国枝医院、阪大病院、薩南病院等で受診したが、いずれも白血球減少症と診断され、昭和四九年一〇月一一日から同五〇年八月三一日まで休業のうえ療養した。
(三) 原告は、右疾病は、昭和四七年六月五日に被ばくした放射線に起因した業務上のものであるとして、右休業期間中の休業補償給付を被告に対し請求した。しかし被告は、原告及び関係人から被ばく状況、被ばく線量等につき事情を聴取し、更に右関係医療機関に対し放射線被ばくと疾病との因果関係を中心に照会を行ったが、原告の疾病は業務に起因して発症したものとは認められなかったので、不支給の処分をしたものである。
2 本件処分の適法性
被告が、昭和五〇年九月一日付をもって原告に対してなした労災保険法による休業補償給付を支給しないとの処分は、次に述べる通り、何ら違法ではない。
(一) 労災保険法による保険給付の対象は、業務上の事由によるものであるが、業務上の事由による災害とは、労働者が業務の遂行中に被り、かつ、その業務と災害(疾病)との間に相当因果関係の認められるものをいう。そして、右にいう業務上の疾病は、改正前(昭和五三年一一月一〇日改正)の労働基準法施行規則三五条によると、ラジウム、放射線、紫外線、エックス線及びその他の有害放射線による疾病(同条四号)とされていたが、その外に昭和三八年三月一二日付基発第二三九号労働省労働基準局長通達によって、電離放射線の慢性被ばくによって発生する疾病としては、白血球減少症、貧血、出血性素因、白血病、白血病様反応、皮ふがん、皮ふ潰瘍、慢性放射線皮ふ炎、白内障、骨えそ、骨肉腫、肺がん、が指定されていた。
(二) 本件災害による原告の被ばく量は、最大限四四・三七ミリレムにすぎない。
すなわち、被告の調査によれば、原告が被ばくした放射性同位元素の種類(核種)はイリジウム一九二であり、核種のキュリーは減衰率を零、つまり新品としても一〇キュリーであるところ、右元素による被ばく量(単位はレム)の一般式(労働省労働基準局作成の「安全衛生監督指導執務必携」掲載)は、
<省略>
となり、右算式に、原告申立ての、線源との距離一・三メートル、被ばく時間一・五分をあてはめると、
<省略>
四四・三七ミリレムとなる。
(三) 一方、原告の症状及び担当医の所見は、次のとおりである。
(1) 堺病院(半井孝作医師)
初診 昭和四七年六月九日、全身倦怠、頭重感を訴える。
傷病名 白血球減少症、体温三七度
白血球数 四四〇〇(血液一立方ミリメートル当りの数値(以下同じ))
皮ふ所見 全身所見で特に異常なし。
所見 被ばく線量との因果関係については、被ばく前及び現在の白血球数が不明であり、線量計算に疑問があるから判定不能である。
(右によると、原告は、被ばく時より四日目に全身倦怠、頭重感を訴えて受診し、軽度白血球の減少と三七度の発熱が認められるが、その他の症状に特別の変化は認められない。)
(2) 国枝医院(国枝亮医師)
初診 昭和四七年六月一二日、全身倦怠、頭重感を訴える。
傷病名 白血球減少症、体温三七度
白血球数 三〇〇〇ないし四〇〇〇
所見 白血球減少が初めからかなり高度にあり、これは流血中の白血球の一般的な生存日数から考えて、被ばくから一〇日目の白血球にしては減少が著しすぎ、その後変動があまりないこと、血液像のみだれがないこと、皮ふその他に急性障害の肉眼的変化がなかったことから、この白血球減少症は被ばく以前からあったものではないかと思われる。なお、白内障については視診上著変はなかった。
(右によると、原告は、全身倦怠、頭重感及び食欲不振などがあって受診し、白血球減少のほか微熱があることが判明したが、その他には著変なく、担当医は、原告の白血球減少は被ばく以前からあったものではないかと推測していることが認められる。)
(3) 阪大病院内科(川越裕也医師)
初診 昭和四七年七月一二日、食欲不振を訴える。
傷病名 白血球減少症
白血球数 三五〇〇
所見 皮ふ手指等の視診異常なし。白内障認めず。その他、食欲不振以外の症状は認められず、食欲不振の原因も胃下垂のためと思われる。被ばくと白血球減少症との因果関係は不明である。なお、東京放射線総合医学研究所からの報告によると、「異常を認めず、放射線障害とは考えられない。」とのことである。
また、昭和四七年一二月七日付の川越医師より主治医にあてた文書には、原告の症状は、「白血球減少症、うつ病性神経症」と記載され、更に、昭和四九年八月二八日付の川越医師作成の診断書によると、白血球減少症のほかに、阪大病院神経科で診断されたものとして、「うつ病性神経症」の病名が記載されている。
(右によると、原告は、食欲不振で受診し、白血球の減少が判明したが、他方、原告が受診した阪大病院神経科における精神神経症(心気症)との診断をふまえ、自らも、うつ病性神経症とも診断し、原告の当時の食欲不振は単なる胃下垂によるものと診断し、右白血球減少症と被ばくとの因果関係は、不明としながらも、所見として東京放射線総合医学研究所の「異常を認めず」との結論を附記しているところを見ると、川越医師も被ばくとの因果関係を否定しているものと思われる。)
(4) 阪大病院精神神経科(福岡医師)
同病院内科あての院内紹介状によれば、昭和四八年三月までの同科における原告に関する血液検査結果による白血球数は次のとおりであった。
昭和四八年二月一日 三二〇〇
同年三月一日 三一〇〇
同年四月二六日 三七〇〇
同年五月二八日 二二〇〇
同病院 精神神経科(北村陽英医師)
診断日 昭和四九年九月四日
傷病名 白血球減少症
診断日 昭記四九年九月一一日
診断内容 「当精神神経科としては、この患者さんに、昭和四七年一〇月一二日受診以来今日まで精神病という診断をしたことはありません。このことを認めます。」と記載。
(以上によると、原告は、昭和四七年一〇月以降阪大病院精神神経科にも受診して、白血球減少症の診断をされているが、精神病とは認められず、前記のとおり心気症と診断されたものと認められる。)
(5) 阪大病院皮ふ科(青木敬之医師)
初診 昭和四八年三月一日
傷病名 苔癬様紫斑性皮ふ炎
所見 そけい部に色素沈着がびまん性にて認められ、その中に紫色の丘診が散在し、右下腿に数か所貨幣大の色素沈着があった。本病は、直接の放射線障害の結果よりも、骨髄障害による血小板減少の方にむしろ関係が深いと考えられる。三〇ミリレントゲンについてはどのようにして測定されたかによって状況が異なるので答えられない。したがって、本症がこの患者において放射線被ばくと関係があるか判断できない。なお、患者は右以外に真菌症(爪白癬)があった。
また、堺労働基準監督署担当官の意見聴取の結果、右青木医師は、「被ばくとの関係については放射線障害による皮ふ炎とは思われない。そけい部の色素沈着は二回目来診の時にはおさまっていた。真菌症の治療が主体であった。」旨述べている。
更に、同皮ふ科田代医師談によると、「被災者(原告)の皮ふ炎は放射線障害によるものとは思われない。被ばく線量については、一線を引いてこの線量以上は症状がでて、以下では障害がでないというものではない。個人差があり、三〇ミリレントゲンだからといって障害がないと断言できない。」旨述べている。
(右によると、原告の皮ふ疾患と放射線被ばくとの関係については、両医師は判断できないとしつつも、否定的であると思われる。)
(6) 放射線医学総合研究所病院部(杉山始医師)
阪大病院精神科志水彰医師にあてた昭和四八年二月二〇日付文書によれば、
診断 放射線障害の疑
初診 昭和四八年一月一八日
一般血液所見 白血球数七一〇〇、血色素量一デシリットル当り一四一グラム、赤血球数四六〇万、血小板数二二万
染色体分析 分裂期にある細胞五〇〇個を観察し、染色体異常のうちDic-entrics及びRingsは一個も見出されなかった。
この染色分析結果より被ばく線量を推定すると、どんなに多く見積っても一二ラドであり、実際ほとんど被ばくしていないと考えて差し支えない。
とのことである。
(7) 国立泉北病院(河盛勇造医師)
初診 昭和四八年二月一九日、全身倦怠を訴える。
傷病名 精神神経症
白血球数 三九〇〇
所見 全身倦怠などを訴えて来院したが、他覚的には著変を認めない。白血球分類結果も著変なし。当院神経精神科において精神神経症と診断されている。
(右によると、原告は、阪大病院精神神経科に受診中に、重ねて国立泉北病院でも受診したが、白血球数の少ないこと以外に著変はなく、神経精神科に受診の結果、精神神経症と診断されたものである。)
(8) 薩南病院(中島哲医師)
初診 昭和四九年一〇月一一日、頭痛、疲労感を訴える。
傷病名 白血球減少症
白血球数 五一〇〇(初診時)
所見 皮ふの変化なし。疲労感等の自覚症状は相変らず続いており、白血球数は三〇〇〇から四六〇〇の間を上下して、特に改善も増悪もみられない。この数値は少ない傾向であるが、はたして病的なものか、或は何らかの放射線障害に起因するかは不明である。白血球以外の赤血球、血色素、ヘマトクリット等は継続して正常範囲にあるので、再生不良性貧血ではないと思われる。
(右によると、原告の症状は、他覚的所見に乏しく、病状の改善はないと認められる。また、医師は、原告の症状は再生不良性貧血ではないと判断し、白血球減少症についても、はたして病的なものかどうか疑っていることが認められる。)
(四) 右被ばく状況及び各医療機関での受診結果に基づく、原告の疾病の業務上の該当性についての、大阪労災病院志水検査科部長の意見は、原告程度の白血球数では、自覚症状もなく、療養の必要もないし、また再発のおそれもない、そして、白血球減少症は、三一ミリレムでも絶体あり得ないものではないので、原告の疾病は、業務上のものとも業務外のものとも断定できないということであり、また、社団法人関西労働衛生技術センター原田章医師の意見は、原告の被ばく状態を最大に見積って、コバルト六〇の場合は一九九・七ミリラド、イリジウム一九二の場合は四四・三七ミリラドであったとして、右被ばくの程度であれば、白血球減少があっても回復しているはずであるのに、原告の被ばく後その白血球数が約四〇〇〇前後である状態が続いているということは、放射線被ばくによる白血球減少(ここでは減少といっておくが)とはパターンが異なるものというべきであって、原告の場合は、被ばくによる白血球減少症ではなく、むしろ、被ばく前から四〇〇〇前後の白血球数であったものに偶然被ばくが重ったと考えるのが自然であろうということであった。
なお、原告は、昭和三〇年頃には腎臓炎に同四六年頃には気管支炎及び胃炎にそれぞれ罹患し、昭和四六年二月一二日より同年三月二四日までの間、気管支炎、精神神経症、うつ状態の病名で治療を受けている。
(五) 結論
(1) 以上要するに、原告は、もともと精神神経症(心気症)、うつ状態といった状態に陥りやすい体質であって、被ばく後も、心気症、うつ病性神経症、精神神経症、うつ症状傾向を持っていたものといわざるを得ない。
(2) また原告は、前述の通り、その診療を受けた各医師から、白血球減少症と診断されている外に、胃下垂、苔癬様紫班性皮ふ炎、爪白癬、湿疹、咬虫症等と診断されているが、これらは放射線被ばくとは何ら関係がない。
そして、放射線障害として好発する皮ふの紅斑、白内障、宿酔症状或は大量被ばく時にみられる骨髄造血機能障害等は何らないし、白血球減少症も、当初より概ね三五〇〇を中心に上下し、四年間にわたり著明な増減も認められず、また、放射線被ばく時において高率に発見される染色体異常も全く発見されていない。
以上のことからすると、原告は、もともと白血球数の少ない体質であったと判断せざるを得ない。
(3) 原告は、多彩な愁訴を述べているが、以上のように、これを他覚的に立証する身体的所見に乏しく、被ばくの事実を告げられて惹起した心因性の症状であったと思われる。
(4) したがって、原告の白血球数が日本人労働者の平均値より低いとしても、それのみをもって異常値と断定し難いのはもちろん、放射線被ばくによる白血球減少症とは認め難い。
(六) 以上のとおり、原告の症状は業務上の事由によるものではないから、被告のなした本件処分は適法なものであって、何ら違法ではない。
3 よって、原告の本訴請求は失当なものとして、棄却を免れない。
4 なお、後記原告の2の主張は争う。
四 被告の主張に対する原告の認否及び主張
1 右被告の主張1の(一)は認める。
同1の(三)は、原告が被告主張の通り休業補償給付の請求をしたことは認めるが、その余は争う(なお、同1の(二)の点は明確に認否をしなかった。)。
2(一) 本件災害による原告の被ばく量は、五〇〇ないし六〇〇レントゲン(ラド)である。
すなわち、被告は、原告が被ばくした核種をイリジウム一九二と主張し、かつ、その被ばく量の計算も一立方センチメートル当りの被ばく量を総被ばく量と考えているが、原告は、コバルト六〇を全身に被ばくしたのであるから、全身容積線量として、原告の体表面積等を考慮して計算しなければならないものであり、それを計算すると、五〇〇ないし六〇〇レントゲン(ラド)となる。
(二) 原告の白血球減少症は、本件災害により発症したものであり、このことは、原告が診察や治療を受けた種々の病院での診断の結果により明らかであるが、特に、被ばく後約五か月半経過した昭和四七年一一月二四日の阪大病院の川越裕也医師による検査によれば、原告の骨髄中の有核細胞数が、正常人なら一立方ミリメートル当り一五万六〇〇〇個であるのに対し、原告は、一立方ミリメートル当り三万四〇〇〇個と、七八パーセント位減少していたことから明白である。
第三証拠(略)
理由
一 原告は、昭和四二年四月一日、訴外大和ハウス工業株式会社(訴外会社)に入社し、昭和四七年六月当時、大阪府堺市大浜西町七番地所在の訴外会社堺工場において、検査課員として勤務していたものであるが、同月五日午後二時頃、同工場内の非破壊検査中の現場において放射線に被ばくしたこと(本件災害)、以上の事実は当事者間に争いがない。
そして、(証拠略)の全趣旨によると、原告は、被ばく後、吐気、倦怠感等を訴えて、昭和四七年六月九日から、昭和四九年一〇月頃までの間、堺市内の堺市立堺病院(堺病院)、国枝医院、大阪市内の大阪大学医学部附属病院(阪大病院)、鹿児島県内の県立薩南病院(薩南病院)等において診療を受けたが、いずれも白血球減少症と診断され、その後も右薩南病院で右白血球減少症で治療を受けていること、そして原告は、昭和四九年一〇月一一日から昭和五〇年八月三一日まで、訴外会社を欠勤して療養したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 次に、原告が、その後被告に対し、右白血球減少症は、昭和四七年六月五日に被ばくした放射線に起因した業務上のものであるとして、右昭和四九年一〇月一一日から昭和五〇年八月三一日までの休業期間中の休業補償給付を請求したところ、被告は、昭和五〇年九月一日付で原告に対し、右休業は業務上のものではないとして右休業期間中の休業補償給付を支給しないとの処分(本件処分)をしたこと、そこで原告は、昭和五〇年九月九日、大阪労働者災害補償保険審査官に対し、右処分につき審査請求をしたが、同審査官は、昭和五二年八月三〇日付で原告に対し、右審査請求を棄却するとの決定をしたこと、更に原告は、昭和五二年一一月に労働保険審査会に対し、右決定につき再審査請求をしたが、同審査会は、昭和五五年二月二九日付で原告に対し、右再審査請求を棄却するとの裁決をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
三 原告は、被ばくした放射線の核種はコバルト六〇であり、その被ばく状況も、大量(五〇〇ないし六〇〇レントゲン(ラド))の放射線を全身に浴びたものであるから、原告が発症した白血球減少症は右被ばくに起因するものであることは明らかであり、かつ、前記休業も、右疾病の治療のためのものであるにもかかわらず、被告が右休業を労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく保険給付の対象にならないとして、本件処分をしたのは違法であって、本件処分は取消されるべきであると主張しているところ、右原告の主張事実に副う原告本人尋問の結果は、以下に述べる通り、たやすく信用できず、他に右原告の主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
四1 まず、原告は、その本人尋問において、原告が被ばくした核種はコバルト六〇であり、この放射線を全身に、大量(五〇〇ないし六〇〇レントゲン(ラド))被ばくしたものであるとの事実を窺わせる趣旨の供述をしている。しかし、原告は、右本人尋問において、原告の症状から、原告の被ばくした量は約五〇〇レントゲンであると勝手に推測し、かつ、これを前提として、イリジュウ一九二からは五〇〇レントゲンも放射されないから、原告の被ばくしたのはコバルト六〇であると述べているに過ぎないのであって、右原告本人の供述中にある原告の被ばくした放射線の種類も量も、単なる原告の推測の域を出ないものであることは、右原告本人の供述自体に照らして明らかであるから、右原告本人の供述はたやすく信用できないものというべきである。
2 次に、(証拠略)によれば、
(一) 原告は、前記の如く、放射線を浴びた後吐き気や倦怠感を覚えるようになったので、昭和四七年六月九日、堺市内にある堺病院で診断を受けたところ、白血球減少症と診断され、その後国枝医院、阪大病院、国立泉北病院や、鹿児島県内にある薩南病院で診療を受けたが、いずれも白血球減少症と診断されたこと、
(二) そして、右各病院の検査結果によれば、原告の一立方ミリメートル当りの白血球数は、昭和四七年六月一四日、四四〇〇(堺病院)(<証拠略>)、同日、三〇〇〇ないし四〇〇〇(国枝医院)(<証拠略>)、同年七月一九日、三五〇〇(<証拠略>)、同年一一月二四日、二八〇〇(以上阪大病院)(<証拠略>)、昭和四八年一月一八日、七一〇〇(放射線医学総合研究所病院部)(<証拠略>)、同年二月一日、三二〇〇(阪大病院)(<証拠略>)、同月一九日、三九〇〇(国立泉北病院)(<証拠略>)、同年三月一日、三一〇〇、同年四月二六日、三七〇〇、同年五月二四日、二二〇〇(以上阪大病院)(<証拠略>)、昭和四九年一〇月一一日、五一〇〇(<証拠略>)、同年一二月二五日、五一〇〇(<証拠略>)、以後昭和五二年三月一六日頃まで三〇〇〇から四六〇〇の間を上下している(以上薩南病院)(<証拠略>)などの状態であったところ、日本人の正常白血球数は、一立方ミリメートル当り六〇〇〇ないし七〇〇〇位であるから(<証拠略>)、原告の白血球数は、右正常の白血球数より少ないこと、
(三) 昭和四七年一一月二四日、阪大病院の川越裕也医師による骨髄像の検査によれば、原告の骨髄中の有核細胞数は、一立方ミリメートル当り三万四〇〇〇個であったところ(<証拠略>)、日本人の正常な骨髄中の有核細胞数は、一立方ミリメートル当り一五万六〇〇〇個であること(<証拠略>)、
以上の事実が認められる。しかし、後記3ないし5に認定の諸事情に照らして考えると、右認定の事実からも、原告の白血球減少症が本件災害に起因するものとは認め難いのである。
3 かえって、(証拠略)によれば、
(一) 原告は、昭和四七年六月五日午後二時頃、訴外会社の堺工場において、建築関係の部品である鉄骨の加工品の寸法を測定していたところ、その頃たまたま右工場において、訴外非破壊検査株式会社の係員が放射線を使用した溶接の非破壊検査をしていたが、原告はこのことを全く知らなかったので、偶然に右放射線の線源に近づいたこと、
(二) そこで、これを見た係員が原告に対し、呼笛を吹き、原告に外へ出るよう合図をしたので、原告は直ちに右線源から離れたこと(<証拠略>)、その間、原告が右線源に近づいて放射線を浴びた時間は、約九〇秒前後であり(原告本人の供述による)、かつ、その距離は明確ではないが約一・三メートル前後であったと推測されること、
(三) 当時、訴外非破壊検査株式会社では、コバルト六〇は厚板が六〇ミリメートル以上でなければ使用しないことにしていたところ、原告が被ばくした当日、右訴外非破壊検査株式会社が訴外大和ハウス工業株式会社の堺工場で検査していた鋼材の肉厚は一二ミリメートルであって(<証拠略>)、右検査に使用していた線源はイリジウム一九二であったこと(<証拠略>)、したがって原告の被ばくした放射線はイリジウム一九二であったこと、
(四) そして原告の被ばく量は、イリジウム一九二の場合の算式に、右各状況をあてはめて計算すると、被告主張のとおりイリジウム一九二の減衰率を零、つまり新品の一〇キュリーとしても、
<省略>
であって、本件の場合、原告の被ばく量を最大限に見積っても右四四・三七ミリレム(〇・〇四四三七レム)を超えないこと、
以上の事実が認められる。
そして、前掲(証拠略)によれば、ラジオアイソトープ研究所の一九六二年講義基礎課程では、多量に放射線を浴びれば白血球減少の症状が現われるところ、一回の全身照射量が二五レム(二万五〇〇〇ミリレム)以下ではほとんど臨床症状がなく、五〇レムで白血球の減少が現われ、一〇〇レムで強い放射症(おう気、おう吐、全身けん怠)が現われ、二〇〇レムで長期白血球減少が現われるとされていることが認められるから、右ラジオアイソトープ研究所のテキストからすれば、前記原告の被ばく量の程度では、一般に白血球減少の症状は現われないものというべきである。
4 次に、前記2に認定した事実に、(証拠略)によれば、
(一) 前述の通り、日本人の成人の正常白血球数は、一立方ミリメートル当り六〇〇〇ないし七〇〇〇位であるが、個人差もあり、四〇〇〇前後の白血球数は、パーセンテージは極めて低いが正常人にも認められること、しかも、放射線被ばくによる白血球の減少は、被ばく量が二〇〇ないし五〇〇ラド程度の場合には、約半年で回復するのが通例であるのに、原告は、被ばく後数年を経過しても、その白血球は、被ばく直後とそれ程変化がないこと、
(二) 白血球数の測定値には、二〇パーセント位までの誤差があること、
(三) なお、原告の骨髄中の有核細胞数が少ないとの点については、骨髄穿刺による有核細胞数の測定自体が一般に量的な信頼度に乏しく(<証拠略>)、原告の右有核細胞数がたまたま一回の検査で少なかったからといって、それが白血球減少の理由とは断定し難いこと、
(四) 被ばく前における原告の白血球数や有核細胞数が不明であること、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
5 さらに、(証拠略)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告から、原告の白血球減少症と本件災害との因果関係について意見を求められた各医師は、次のようにその所見を述べていること、すなわち、
(1) 堺病院の半井孝作医師は、被ばく線量と原告の白血球減少症との因果関係は、被ばく前及び現在の白血球数が不明であり、線量計算に疑問があるから判定不能であると述べていること(<証拠略>)、
(2) 国枝医院の国枝亮医師は、原告の白血球減少が本件災害を受けた初めからかなり高度にあり、流血中の白血球の一般的な生存日数から考えて、被ばくから一〇日目の白血球の減少が著しすぎ、その後その変動があまりないこと、血液像のみだれがないこと、皮ふその他に急性障害の肉眼的変化がなかったことから、原告の白血球減少症は被ばく以前からあったものではないかと思われると述べていること(<証拠略>)、
(3) 阪大病院の川越裕也医師は、被ばくと原告の白血球減少症との因果関係は不明とし、東京放射線医学研究所からの「異常を認めず、放射線障害とは考えられない。」との報告を引用していること(<証拠略>)、
(4) 放射線医学総合研究所病院部の杉山始医師は、昭和四八年一月一八日当時の白血球数及び染色体分析の結果からして、原告は、どんなに多く見積っても、被ばく量は一二ラドであり、実際上ほとんど被ばくしていないと考えて差し支えないと述べていること(<証拠略>)、
(5) 薩南病院の中島哲医師は、原告の白血球数は、三〇〇〇から四六〇〇の間を上下し、特に改善も増悪もみられない、この数値は少ない傾向であるが、はたして病的なものか、或は何らかの放射線障害に起因するかは不明である、白血球以外の赤血球、血色素、ヘマトクリット等は継続して正常範囲にあるので、再生不良性貧血ではないと思われると述べていること(<証拠略>)、
(6) 大阪労災病院の志水検査科部長は、原告の白血球減少症が被ばく(本件災害)によるものとは常識的には考えられないが、否定もできないと判断していること(<証拠略>)、
(7) 社団法人関西労働衛生技術センターの原田章医師は、原告の被ばくの程度であれば、白血球の減少があっても回復するはずであるのに、原告の白血球数は、概ね四〇〇〇前後であること、四〇〇〇前後の白血球数は、極めてパーセンテージは低いが正常人にも認められるものであることを理由に、原告の場合は、被ばくによる白血球減少症ではなく、むしろ、四〇〇〇前後の白血球数であったものに偶然被ばくが重ったと考えるのが自然であろうと述べていること(<証拠略>)、
(二) なお原告は、被ばく後数日内においても皮ふ等に異常はなく、ただ、昭和四八年三月一日頃、阪大病院皮ふ科において診察を受けた際、苔癬様紫斑性皮ふ炎が認められたが、これも、直接の放射線障害の結果よりも、骨髄障害による血小板減少に関係が深いとされていること(<証拠略>)、
(三) 次に、原告は、本件災害前の昭和三〇年頃骨髄炎に罹って治療を受けたことがあり(<証拠略>)、昭和四六年二月一二日より同年三月二四日までの間にも、松原市立松原病院において、気管支炎、精神神経症、うつ状態と診断され、治療を受けていたことがある外(<証拠略>)、本件災害後も、阪大病院においてうつ病性神経症(<証拠略>)、国立泉北病院において精神神経症(<証拠略>)、薩南病院においてうつ症状傾向とそれぞれ診断されていたこと(<証拠略>)、
(四) さらに、原告は、本件災害後、堺病院及び国枝医院においては全身倦怠感、頭重感(他に発熱も)を(<証拠略>)、国立泉北病院においては全身倦怠感を(<証拠略>)、薩南病院においては頭痛、疲労感等(<証拠略>)を、それぞれ訴えてその診療を受けたが、右は単に原告の一方的な愁訴に過ぎないのであって、これらを他覚的に立証するに足りる身体的所見が乏しかったこと、
以上の事実が認められる。
6 しかして、右2ないし5に認定した諸事実に照らして考えると、前記2に認定した事実があるからといって直ちに昭和四九年一〇月頃以降の原告の白血球減少症が、本件災害に起因するものであるとは到底認め難く、かえって原告は、もともと白血球の少ない体質であって、これに起因して右白血球減少症に罹ったものであると推測されなくはないのである。
五 してみれば、昭和四九年一〇月一一日から同五〇年八月三一日までの原告の休業は、業務上の災害によるものではないというべきであるから、これを理由に右期間中の休業補償給付の不支給決定をした本件処分には、原告主張の違法はないというべきである。
よって、原告の本件処分の取消請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 小泉博嗣 裁判官松山恒昭は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 後藤勇)